歴史、戦争、クラウゼヴィッツ(Geschichte, Krieg, Clausewitz)

研究(歴史学、軍事史、クラウゼヴィッツ)のこと、大学近郊(地域、まちづくりなど)のことを中心に更新していきます。

キューネ、ツィーマン編著『軍事史とは何か』要約その2

第十章 軍需産業と戦時経済
ステファニー・ヴァン・デ・ケルクホーフ(新谷卓訳)
近年メンタリティ、文化、そしてジェンダーに関わる歴史テーマは、軍事史および戦争史においても注目を浴びている。だが一方で、軍隊の物資面での装備、経済面から見た動員、戦時財政、そして戦時経済といった重要な経済的なテーマが疎かになっている。本章では、文化史と経済史との間を橋渡しする新たな軍事史、戦争史の模索の必要性を説いている。

第十一章 機械化された軍隊―――ある共生関係に関する方法論的考察
シュテファン・カウフマン(齋藤正樹訳)
 軍隊と技術の問題は密接不可分であるにもかかわらず、学術的な分析に基づく研究は遅れていた。従来の戦略、戦術、軍備の歴史は、軍隊、戦争、技術の結びつきの「共生」関係を十分に解き明かすものではない。技術の 発展は社会と密接に結びついており、コミュニケーション、メディア、組織、そして行為者が織りなすネットワークとの関連性のなかで考察されるべき存在である。

第十二章 ディスクールと実践――文化史としての軍事史
アンネ・リップ(新谷卓訳)
歴史学で現在話題になっている理論的議論は、歴史研究を文化的に補強しようとする試みである。このことは軍事史にとりどのような結果をもたらすのが、従来の研究成果の上に文化史として軍事史が構築されうるのか、そして最終的に戦争の文化史を担うことになるのかが検討される。比較的最近の研究をてがかりに、文化史に方向づけられた軍事史の成果が示される。

第十三章 戦争と軍隊のジェンダーについて――新たな議論に関する研究の見通しと考察
クリスタ・ヘメルレ(今井宏昌訳)
ジェンダーという分析カテゴリーを用いて、軍事史は新しい観点で検討することができる。「兵士としての男性」と「平和的な女性」という分類がどのように歴史的に作られていったのか、あるいはその束縛からどのようにして抜け出していくのかが論じられている。また、第一次世界大戦での女性従軍看護婦の経験の位置づけや、戦時における女性に対する性暴力の問題についても言及されている。後者については、一般市民、特に女性と子どもの犠牲者数が急激に増大するなかで、「産業的」、「総合的」、「超越的」な戦争の帰結として、占領地での数多くの「戦時の残虐行為」のなかにあったことが指摘されている。

第十四章 『戦争論』――現代軍事史についての考察
シュティーク・フェルスター(鈴木健雄訳)
 軍事史に関する多彩な方法論が試みられている今日、軍事史歴史学における固有の分野としての地位を築く上で、理論上の共通基盤について検討することが必要であり、クラウゼヴィッツが大きな役割を果たす。クラウゼヴィッツは、現実の戦争の特徴が政治的条件によって規定されていると考えたが、その学問的手法を確認することで初めて、軍事史叙述は社会史としての方向性を備え、現代の歴史学に対し貢献を果たすことができる。

第十五章 社会のなかの軍隊――近世における新しい軍事史の視点
ベルンハルト・R・クレーナー(斉藤恵太訳)
ドイツの「新しい軍事史」を牽引してきた著者クレーナーが、近世(1500~1800年頃)を対象とする軍事史について、兵隊の生活や駐屯都市、兵隊の家族、兵隊になる層としての貧民や犯罪者、さらに図像や文学など、国家や制度という旧来の枠を超えた様々な視点が持つ可能性を論じる。

第十六章 総力戦争時代における全体史としての軍事史
ロジャー・チカリング(柳原 伸洋訳)
 軍事史を全体的な歴史として理解するにはどうしたらよいか。19世紀から現代にいたる歴史学、社会科学の研究を前提に、戦争を全体像としてどのように認識していくのかという問題が検討される。とりわけ、総力戦は全体史を必要としており、極めて広範な社会状況、歴史的状況を検討しつつも戦争について論じていく必要がある。

第十七章 ドイツにおける軍事史の展開に関する覚書
ヴィルヘルム・ダイスト(伊藤 智央訳)
軍事史歴史学の一領域と捉える考えが1960年代末以降一般的となっていき、一般的な歴史学の問題意識や研究手法を取り入れることで、軍事史はそのテーマを多様化させていった。しかし、軍事史にはまだなお歴史学の他領域との連携が必要な部分もあり、新たな視点や史料の開拓が望める余地もある。とはいえ、軍事史は学問の一領域として大学でその地位を固めたと結論づけることができる。

第十八章 市場支配力をめぐる闘いと理論に関するマニ車――新しい軍事史を巡る論争に対する若干のコメント
ディーター・ランゲヴィーシェ(齋藤正樹訳)
 本章は全体のまとめである。ランゲヴィーシェは長らくテュービンゲン大学史学科の教授を務め、ドイツのナショナリズム自由主義の歴史、近代教育史、社会史に関する代表的な研究者である。本書の問題提起を包括的にまとめている。