歴史、戦争、クラウゼヴィッツ(Geschichte, Krieg, Clausewitz)

研究(歴史学、軍事史、クラウゼヴィッツ)のこと、大学近郊(地域、まちづくりなど)のことを中心に更新していきます。

東上線小説――文化をつくるには

東京近郊で小説/物語の舞台になる地域は、ほぼ決まっているように思います。その舞台は山手線圏内か、横浜、中央線界隈ではないでしょうか。それは人間の数の面からも、歴史的な文化的中心地の面からもやむを得ないのでしょうが、東武東上線沿線に住んでいる身としては残念としか言いようがありません。東武東上線沿線は、確かにほかの沿線と比べてもパッとしないイメージです。観光地としては、東京近郊に川越、離れて越生、寄居(玉淀、長瀞)があり、大学も、立教大学東洋大学尚美学園大学西武文理大学女子栄養大学東京国際大学大東文化大学東京電機大学城西大学立正大学などとかなりの数に及びます。ほかにも、こども動物公園、森林公園があり、決して何もない路線ではないはずなのですが…。しかし、モノはあっても、魂がないというか、文化という意味では決定的に何かが欠けている気がするのです。たとえば、川越以外の東上線の街を舞台にした小説や物語はほとんど知られていないし、地元の出版社が出版している書籍のなかにもそのような著作は見当たらないように思います(よい物があればぜひ教えてください)。この地域の独自性を物語ることこそがある意味で求められているようにも思うし、路線のまちの魅力を高めるためには案外そうした地元密着型の小説/物語こそ必要なのではないかとも思うのです。それは恋愛小説でもいいだろうし、学生や地元に暮らす人々の暮らしや日常を描いたものであってもよい。そうした文芸(ないしそういう物語)がもう少しあってもいいと思うのですが。

僕とカミンスキーの旅

映画「僕とカミンスキーの旅」を見てきました。
グッバイ、レーニン!」の監督と主演のダニエル・ブリュールのコンビによる作品ということで、期待を裏切らない出来でした。原作のダニエル・ケールマン、瀬川裕司訳『僕とカミンスキー三修社はすでに読んでいましたが、映画は原作を忠実に映画化した作品で、小説の世界を非常にうまく映像化している印象を受けました。「グッバイ、レーニン!」でもそうでしたが、1970-80年代の雰囲気や芸術作品につながるイメージを非常に鮮やかに描き出していますね。まだいくつかの映画館で上映されていますし、おそらくDVDでも発売されると思いますので、関心のある向きはぜひご覧ください。

クラウゼヴィッツに関する新しい本

本ブログのタイトルは「歴史、戦争、クラウゼヴィッツ」なのに、最近はその話をブログであまりしなくなり、看板に偽り状態が続いていますので、たまにはクラウゼヴィッツの話をしたいと思います。

今年2017年はクラウゼヴィッツに関する書籍として面白いものがいくつか出ています。くわえて、これからも関連書籍が出るようです。まずあげられるのが、ベアトリス・ホイザー、奥山・中谷訳『クラウゼヴィッツの「正しい読み方」』芙蓉書房、2017年でしょう。クラウゼヴィッツ解釈に主眼をおいた文献としては、かなり定評のある文献です。私としてはドイツ語圏のクラウゼヴィッツ研究を英語圏にかなり紹介しているようにも読め、英語圏クラウゼヴィッツに大きく寄与したものとしても興味深いです。本書の邦訳は非常に喜ばしいです。

私も関わっている翻訳本、トーマス・キューネ、ベンヤミン・ツィーマン編著、中島浩貴・今井宏昌・柳原伸洋・伊藤智央・小堤盾・大井知範・新谷卓・齋藤正樹・斉藤恵太・鈴木健雄訳『軍事史とは何か』原書房、2017年も、実はクラウゼヴィッツと切っても切れない関係性にあります。歴史学軍事史的解釈理解のなかでクラウゼヴィッツの占める重要性は相変わらずで、本書には各所でクラウゼヴィッツに関する言及があります。政治学歴史学、社会科学の問題関心とクラウゼヴィッツの位置づけを確認できる文献です。

くわえて、本年はクラウゼヴィッツに比する戦略家とも評されるジョミニの戦略論に関する翻訳が出版されるようです。いままで日本で流通していた翻訳書であるジョミニ、佐藤徳太郎訳『戦略概論』中央公論新社は英語からの重訳で、しかもかなり原本をダイジェストにしたものにすぎないようです。フランス語からの新しい翻訳でジョミニがどのように戦略について考え、論じていたのかという問題を検討するには、この翻訳は大きな意味があるものとなるでしょう。本年の10月21日土曜に予定されているクラウゼヴィッツ学会・シンポジウムではそのあたりの話が聞くことができそうです。

e-honと「まちの本屋」

地域コミュニティに関心を持つようになってから、できるだけ地元のお店を使うようにしています。
現在の本の流通システムは、どこも同じような品ぞろえにならざるを得ず、ハードカバーで内容もしっかりした本を置いている店はごくわずかです。かための、学術的な本がほしい際には自分で取り寄せるしかなくなります。
大学近郊の書店で店にきちんとした本が置かれる可能性があるのは、東松山丸広百貨店に昨年入った「丸善」くらいでしょうか。ここは時折学術的な本も入るので重宝しています。近郊は大型書店としてツタヤ、リブロもありますが、そもそも人文社会の書籍を仕入れる力がないのか、棚を見てもため息しか出ないです。ツタヤ、リブロも本店だとある程度よい人文社会学の本を入荷しているようですが、どうして郊外店だとこれほど棚が荒廃するのでしょうか。(統計的に処理すると売れないものはおかないのでしょうが、こうした本をまともにそろえることによって購買意欲が刺激される側面がおろそかにされている気がします。)
しかたないので、近所の個人営業店を利用することも含めて、最近はe-honというサービスを使っています。
登録されている「まちの本屋」に購入した本を配送してもらうサービスですが、かなり使い勝手がいいです。
アマゾンやセブンイレブンのオムニセブンと比べても遜色なくつかえます。学術書や貴重書も簡単に取り寄せられ、さらにお金を地元に落とせるのも魅力的です。
ドイツ・ベルリンを対象とした多和田葉子『百年の散歩』新潮社にも、近所の書店に本を取り寄せるエピソードがありましたが、本の世界は、グローバル化とは違う論理で動いてほしいと思いますね。
ローカルの大事さを考えるならば、昨今流行している「まちの本屋」さんを新しくはじめていく試みには社会的な意味もあると思います。荻窪のTitleや新しい古本屋など、地域に人が滞留する拠点として、個人営業の書店が果たす役割にはかなり興味がありますね。